本当に困っているのは誰だ? ~お仕着せの「お困りごと」と、支援側の集団遭難~
「お困りごとないですか?」って聞いてるやつが一番困っている。
「お困りごと、何かありませんか?」
地域の高齢化やデジタルデバイド対策の現場で、耳にたこができるほど繰り返されるこのセリフ。
だが、ちょっと待ってほしい。
本当に困っているのは、果たしてその「お困りごと」を聞かれている住民たちなのだろうか?
いや、違う。
「お困りごとないですか?」と聞いて回っている側――行政や支援組織、ノルマに追われる側こそが、現場の実態が見えずに一番困っているのではないか。
誰も本気で困っていない、あるいは本音を言えない仕組みの中で、架空の課題を無理やり掘り起こし、お仕着せのアンケートや施策をバラまく。全員が孤立に向かっているのに、それすら気づかずにシステムを回し続ける姿は、もはや「孤立」というより「集団遭難」に近い。
綺麗事の「孤立防止」という茶番
「デジタル弱者を救う」「孤立を防ぐ」という美しいお題目の下、机上の空論で作られた支援アプリや講習会が溢れている。
しかし、当事者のリアルな目線に立てばどうだろう。
「困ってもいないのに、勝手に『困っている人』に認定される」
「面倒くさい手続きや、誰にも刺さらないアンケートに付き合わされる」
住民が本当に求めているのは、上から目線の救済などではない。日々のちょっとした面倒臭さの解消だったり、ただの愚痴や昔話を笑って言い合えるフラットな繋がりだ。それなのに、支援する側が数字欲しさに「お困りごと」を作り出し、現場の現実(三現主義)を置き去りにしている。この構造そのものが、いまの地域社会の最大の歪みではないか。
三現主義のデータで、この茶番をひっくり返す
形骸化したアンケートや、お行儀の良いだけの綺麗事の福祉アプリはもういらない。
本当に必要なのは、
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「支援する側が一番困っている」という構造の可視化
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お仕着せの「お困りごと」の解体
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現場(三現主義)の生々しい実態に基づく、本当のつながりの再定義
これらをデータと圧倒的な現場主義で突きつけることだ。
綺麗事に寄りかかった「支援者」たちの迷走を暴き、本当に意味のある仕組みは何かを問い直す。この強烈な問題意識を武器に、アーバンデータチャレンジ(UDC)へ殴り込みをかけたい。
とはいえチームがこのテーマを採用するかどうかはわかりません。
