デジタル人材は本当に「コミュ障」なのか?――ズレの正体と、生存戦略としてのAI活用
「デジタル系の人材はコミュニケーション能力が低い」
最近、あちこちで耳にする言葉です。
特に、IT化を進めようとする現場では、
技術者と非技術者の間で「話が噛み合わない」「議論が盛り上がらない」
といった不満が噴出しています。
しかし、
現場で多くのデジタル人材を見てきた私の目には、
それは「能力の欠如」ではなく、
単なる「OS(思考の基盤)の違い」に見えています。
1. 「Yes/No」で答えるのは、不親切ではなく「誠実さ」
デジタル人材との議論でよく不満に挙がるのが、
「YesかNoかでしか答えてくれず、話が広がらない」という点です。
※ちなみに、司会進行(ファシリテーター)もYesかNoかの質問しかしてくれません。
しかし、これは彼らにとっての究極の誠実さです。
曖昧な「たぶん大丈夫です」が後に致命的なバグやシステムダウンを招く世界に生きている彼らにとって、事実を確定させることは「場を盛り上げる」ことよりも優先順位が高いのです。
※私自身、コミュニケーションに対してこのノリ(細かい表現のミスが気になること)あります。
彼らは「会話」を感情の交換ではなく、「情報の同期」として捉えています。
2. 「老害マインド」がデジタル人材を黙らせる
一方で、
コミュニティの場を冷え込ませている真の要因が、
デジタル人材側ではなく「受け手」にあるケースも少なくありません。
※まぁ教える側で同じこという人もいるみたいですが…
例えば、
最新技術を「手抜きだ」と断じ、
自分の過去の成功体験や「寄り添い」という名の精神論を押し付ける層。
※私も営業さんの提案書が丸々生成AIだと引きます。
こうした「老害的マインド」が支配する場では、
論理を重んじるデジタル人材は沈黙を選びます。
なぜなら、
「論理が通じない相手と話すのは、もっとも非効率なコスト」だと判断するからです。
3. 「AI的な振る舞い」という高度な処世術
面白い現象があります。
デジタル推進の現場で「人格者」と呼ばれる優秀な人材ほど、
あえて生成AIで作ったような、隙のない整ったコメントを発信することがあります。
これは一見、冷たいコミュニケーションに見えるかもしれません。
しかし、その真意は高度な防御策です。
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感情的なマウントを回避する
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揚げ足を取られない「正論」で場をコントロールする
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無駄な摩擦にエネルギーを割かず、実務に集中する
彼らはAIを単なるツールとしてだけでなく、
「話の通じない環境で生き抜くためのインターフェース」
として使いこなしているのです。
これって相手にしてないってことですよね…
結論:必要なのは「翻訳」の視点
デジタル人材のコミュニケーションが「低い」と感じたとき、
一度立ち止まって考えてみてください。
それは能力の問題でしょうか?
それとも、
あなたが「古いOS」で
彼らの「高速なロジック」を読み込もう
としているだけではないでしょうか。
これからの時代、
デジタル人材に「昭和の雑談力」を求めるのではなく、
彼らの「論理」とこちらの「想い」をどう翻訳し合うか。
そして、
AIすらもクッションにして円滑に進める
「新しい時代の作法」を受け入れる寛容さが、
組織のデジタル化を左右するはずです。
