平和のためには少数の犠牲が必要か
平和のためには少数の犠牲が必要か
そんなテレビがやってました
結構、賛成の人が居たのですが
平和のためには少数の犠牲が必要か
を考える時
少数の犠牲側に立って
物事を考えているのだろうか?
賛成の人たちは
赤の他人のために
感謝もされない犠牲に
自ら率先して手を挙げられるのか?
そう思ったわけです。
たぶん
多くの人は違いますよね
自分や自分の身内が犠牲になるとなれば
反対派になるはずなんですよね
そう考えると
他人の犠牲を軽く考える人が
多いんじゃないか
と思うわけです。
平和のためには少数の犠牲が必要論を
真っ向から否定もしないです
事実である部分も認めます
ただ
犠牲というのは
出してしまえば
恨みや呪いは増えるので
平和と見せかけて
1人1人の濃い恨みは買いますし
平和の有難みも分からない人は
うっすら感謝もしない
みんな
誰のための平和を目指しているの?