20年目のレポート 〜恩師の宿題と、変わり続けるマーケティングの正体〜
日々仕事しているといろいろな言葉に出会い、
その言葉は過去にも別の人から語られていることを時々思い出す。
わたしの恩師、尾碕教授は、とにかく「定義」を重んじる人だった。
講義の冒頭、あるいは新しい議論が始まるとき、
先生は必ずと言っていいほど言葉の定義を厳格に定めた。
そして、口癖のようにこう言っていた。
「○○を明らかにする」と。
当時、二十歳そこそこだった私には、その言葉の本当の重みがわかっていなかった。学問の世界の、少し堅苦しいお決まりのフレーズ。
そんな風に聞き流していたのかもしれない。
しかし、大学を卒業し、社会の荒波に揉まれ、
様々な業界でビジネスの現場を踏んできた今、20年の歳月を経て、
あの言葉の意味が驚くほど鮮鮮と理解できるようになってきた。
物事の定義を曖昧にしたまま進む議論は、必ずどこかで前提がズレて破綻する。
そして、感覚や思い込みではなく、
事実に基づいて「何を明らかにするのか」というゴールを定めなければ、
どんなプロジェクトも霧の中で迷子になる。
先生が授けてくれたのは、単なる学問のテクニックではない。
複雑な現実を切り拓くための、強力な「思考のOS(基盤)」だったのだ。
そんな恩師との間に、
20年間ずっと未提出のままになっている、
ひとつの「宿題」がある。
名古屋の天ぷら屋「光村」での問い
社会人になってから、先生はわたしを名古屋の有名な天ぷら屋「光村」さんへ食事に連れて行ってくれた。 連日大行列ができる名店だ。
絶品のかき揚げ丼が有名で
わたしは魚が食べられないのでもっぱら野菜天丼食べています。
先生は私にひとつの問いを投げかけた。
「なぜ、ここの店はこんなに流行るのか?」
これが、わたしが未だに提出できていない宿題だ。
ビジネスを学び、経験を積んだ今の目で見れば、
いくらでも「それらしい答え」は作れる。
仕入れの仕組み、
職人さんの技術、
メニュー構成、
回転率の良さ、
立地、
あるいはビジネスモデルの優秀さ……。
度々、光村さんへ誰かを連れていき感想を聞いたりしながら
年齢とともに経験値を重ね
見える視点や思考も増えて、
答えが変わり、増えたりしてくなかで
どうしても、思ってしまうこと。
先生が言いたかったのは、本当にそんな「仕組み」だけのことだったのだろうか。
同窓会での「お詫び」
毎年2月に、ゼミの同窓会がある。
久しぶりに再会した先生は、お酒の席ということもあって、
すごく真剣に、
わたしたちにかつてない言葉を口にした。
「昔、私が教えていたマーケティングは古く、現代の考え方からすると間違っていた。みんなには、すまないことをした」
その場にいたわたしたちは、一瞬戸惑った。
わたし自身、
先生から教わった思考法は現代でも十分に通用していると感じているし、
ビジネスの現場で何度も私を助けてくれた。
だから、先生が一体どこを、なぜ詫びられたのか、
その時はピンと来ていなかったのだ。
未来のツールや環境が整っていない過去の時代に対して、
「今の基準で間違っていた」と振り返るのは、
論理的に考えれば筋違い(不正解)かもしれない。
当時は当時の、最善の正解があったはずなのだから。
では、なぜ先生はわざわざ「すまない」と言ったのか。
それは、自分の講義が間違っていたという意味ではなく、
時代が変わって「マーケティングの定義」そのものが変わってしまったことに対する、
学者としてのどこまでも誠実な葛藤だったのではないか、
と今は思う。
先生が教えていた時代のマーケティングは、
主に「4P(製品、価格、流通、販促)」を最適化し、
いかに効率よく市場へモノを届けるかという「企業主導の仕組み」が中心だった。
しかし現代は、SNSで顧客が主役となり、
単なる販売戦略を超えた「顧客との絆(エンゲージメント)の共創」へと定義がシフトしている。
「自分が普遍的な正解として教えてしまった知識が、時代遅れの道具になってしまっていたら申し訳ない」
そんな、教え子たちの未来を想う深い愛情と責任感が、
あの「すまない」という言葉に変わったのだろう。
そしてそれは同時に、
「過去の教え(仕組み)に縛られず、君たちが今の時代の正解を新しく定義し、明らかにしなさい」という、身をもって示した最後の講義だったのかもしれない。
20年目の提出
そう考えていくと、あの「光村」の宿題の答えも、自然と輪郭を変えていく。
先生が私に問いかけたかったのは、
単なる「ビジネスモデルの分析(仕組み)」ではなかったはずだ。
「なぜ、人はわざわざ並んでまで、あの空間で光村の天ぷらを食べたいと思うのか」
そこにあるのは、
数字やシステムだけでは説明のつかない、
理屈を超えた顧客の「熱量」であり、「体験の価値」だ。
人が何に感動し、なぜそこに集まるのかという人間心理の本質。
それは20年前も、今も、そしてこれから先も絶対に変わらない。
手法(マーケティング論)は時代と共に古くなり、形を変える。
けれど、物事を疑い、定義し直し、
本質を明らかにするという「思考の姿勢」は、1ミリも色褪せない。
「先生、先生の教えは今でもちゃんと通用していますよ。仕組みは変わっても、本質を見抜く目は、あの時先生から受け取ったままです」
20年経った今、かつて出された宿題にこうして向き合っていること、
それ自体が、恩師への何よりのレポートになっているのかもしれない。
これからもずっとこの宿題は提出することはないのだろうな。
